サルバドール・ダリとの面会の顛末
横尾忠則はダリに会うためには一年前から手続きを取る必要があるという。スペインに来たけど、ダリとの会見は諦めるとしてもダリ美術館だけは観たいと思った。しかしダリ美術館に来た以上、やはりダリに会って帰りたい。
「ダリに会わせてもらえませんか」
「あなたは誰ですか?」
「スペイン政府の招待できている日本のアーティストです」
「政府の?」
「政府」という言葉に敏感に反応したダリ美術館の館員が目の前で直接ダリに電話をしたのには驚いた。
「午後二時にカダケスのダリの自宅に来るようにといっています」
といって地図を書いてくれた。
ダリの自宅にいき、訪問を告げると、ダリは昼寝をしているようだった。スペインでは四時までシェスタタイムといって昼寝の時間である。約束は二時なのにけしからんと思ったが、この位のことはダリなら平気でやるかもしれないと思うとそれほど腹も立たなかった。結局、家の中に入るのに4時間もかかった。やっと勝手口のドアが開けられた。
写真でよく知っているバロック趣味の部屋を抜けて、曲がりくねった狭い廊下を通ってプールの端の天蓋付きのソファーに案内された。すでにニースから来たという男性モデルが一人腰掛けていた。
やがてダリの霊感の源泉であるガラ夫人が頭に大きい蝶々のような黒いリボンを結んで、セーラー服のようなファッションで口元にシワをいっぱいよせて元気よくやってきた。ガラに会えたのは幸運だと思った。だけど次の瞬間この考えは打ち消されてしまった。
「あなた達何かダリにお土産を持ってきた?」
あまりの咄嗟にお土産のことまで頭になかった。
「あっそう。持ってきてないのね。何も持ってきていなくてもここに座っているハンサムな男性はわれわれにちゃんと『美』を持ってきているわよ」
礼節をとがめられているようで恥ずかしくなった。そこで付き添いの多田さんがポケットから自分の娘の写真をガラに見せた。
「あーら、この子は可愛いけど、こっちの子はブスね」
二人の娘のどちらかがくさされて、彼はムッとしてガラの手から写真をもぎとって、すばやくポケットの中に戻した。全く失礼な奴だと思った。
やがてダリがやってきた。白いケープのような衣装を着て、手にこれも写真でよく見るあの有名なステッキを持ってやや猫背で早足にプールの脇を通ってぼくのほうにやってきた。信じられないが、本物のサルバドール・ダリだ。
「君かね、アーティストは?」
「わしのダリ劇場は観たかね。わしの作品は好きかね」
「はい大好きです」
「それはいい、ところでわしは君の作品は嫌いだね」
だけどダリの横にいるマネージャーがあんまり熱心にぼくの作品集を見ているのが気になるのか、ぼくの目を盗んでチラチラ何度も横から覗き込んでいる。
多田さんが写真を撮ってもいいかとダリに聞いた。
「この前アメリカの『プレイボーイ』が写真を撮りにきたけど一セントもくれなかったから、ダメ」
ガラが横から唐突に変なことをいった。
「それより私と寝ない?」
返事のしようがなく、ぼくも多田さんも戸惑ってしまった。ぼくは招かねざる客のようにイヤーな気分にさせられてしまった。(ぼくなりの遊び方、行き方 横尾忠則自伝)