サルバトール・ムンディ / Salvator Mundi
「男性版モナリザ」と呼ばれるダ・ヴィンチ作品
概要
作者 | レオナルド・ダ・ヴィンチ |
制作年 | 1490年から1519年ごろ |
メディア | クルミ板に油彩 |
価格 | 4億5000万ドル |
状態 | 修復 |
サイズ | 45.4 cm × 65.6 cm |
所蔵者 | アブダビ文化観光省が購入し、ルーブル・アブダビが所有 |
《サルバトール・ムンディ(救世主)》は1490年から1519年ごろにレオナルド・ダ・ヴィンチによって制作された油彩作品。世界の救世主としてのイエス・キリストの肖像が描かれたもので「男性版モナリザ」と呼ばれることがある。ほかに「ラスト・ダ・ヴィンチ」と呼ばれることもある。
ルネサンス風の青いローブを着用したキリストが右手の指を十字に切り、左手に水晶玉を持ち祝祷している。サルバトール・ムンディとはラテン語で「世界の救世主」の意で、水晶玉は一般的に「天の天球」の象徴と解釈されている。
1500年ごろに制作されてから17世紀にイギリス王室が所有したあと、長年の間、行方不明になっていたが1900年に発見される。当初はダ・ヴィンチの作品ではなく、弟子の作品だと多くの専門家たちによって鑑定されていた。
何人かの一流の学者たちはレオナルド・ダ・ヴィンチのオリジナル作品であると思っていたが、幾度の重ね塗りや修復作業で受けた損害のため、オリジナルの状態がどんなものであるか鑑定するのが困難になり、本物かどうかは多くの専門家によって論議されていた。
その後、2005年にプロの鑑定集団と最新のテクノロジーを利用し、ようやく真作であることがわかる。修復を経て、2011年にロンドンのナショナル・ギャラリーで初めて展示され話題になった。なお、イギリス王室コレクションは、本作品のチョークとインク・ドローイングによる習作作品も所有している。
本作品は2017年11月15日にニューヨークのクリスティーズ・オークションで競売にかけられ、一般市場で流通している美術作品で史上最高額となる4億5000万ドルで落札された。
現存するダ・ヴィンチの20点未満の作品のうち唯一の個人蔵作品だった。もともとの所有者はロシアの実業家でコレクターのドミトリー・リボロフレで、彼がオークションを通じて一般市場へ流通させた。
当初、落札者は明らかにされていなかったがサウジアラビア王室の文化大臣バッダー・ビン・ファルハン・アル・サウド王子が4億5330万ドルで落札したとみなされている。
バッダー王子はアブダビ文化観光省の代理として購入しており、その後、2017年12月9日にアブダビ文化観光局は、レオナルド・ダビンチの傑作《サルバトール・ムンディ(救世主)》を獲得したと公式に発表した。
しかし、本当の落札者はカショギ氏殺害事件の黒幕であるサウジアラビア王子ムハンマド・ビン・サルマーンで、バッダー王子は彼の代理人として購入したとも言われている。
この件以来、バッダー王子は親しい同盟国アラブ首長国連邦やムハンマド・ビン・サルマーンの代役入札者だと認識されるようになった。
本作品はその後、2017年後半にルーブル・アブダビで展示される予定だったが、2018年9月に無期限の展示キャンセルが発表された。
現在、絵画がどこに所蔵されているかは不明だが、2019年6月10、サウジアラビア皇太子の大型ヨットにあるとの寄稿が、美術品市場ニュースサイト「アートネットニュース」に掲載された。裏付けはないがロンドンを拠点とする画商、ケニー・シャクター氏は寄稿で、同作はサウジで強い権力を持つムハンマド・ビン・サルマン皇太子のヨットにあると主張している。
重要ポイント
- 民間で売買でされた美術作品で最も高額な4億5000万ドル
- ダ・ヴィンチ作品の中で唯一のプライベート・コレクションだった
- 現在はアブダビ文化観光省とルーブル・アブダビの所有権となっている
歴史
レオナルド・ダ・ヴィンチの《サルバトール・ムンディ》はフランス王ルイ12世と王妃アンヌ・ド・ブルターニュの依頼で制作された可能性が高い。
ルイ12世がミラノ公国を征服し、第二次イタリア戦争でジェノバを支配した直後の1500年ころに依頼を受けたと思われる。ダ・ヴィンチ自身は1500年にミラノからフィレンツェへ移っている。
本作品を基盤としたさまざまな模倣作品やオマージュ作品がジャン・ジャコモ・カプロッティ(通称:サライ)をはじめ、レオナルドの弟子たちや後世の画家たちによって制作されている。そのため、オリジナルが存在していることはわかっていた。
ただ、女性的な形態で描いたレオナルドの弟子の1人マルコ・ドッジョーノの作品やサライの別の作品を含め、いくつかの模倣作品はオリジナルとは、かなり異なるものである。
ダ・ヴィンチによるオリジナル作品は、1638年から1641年までロンドンのジェームズ・ハミルトンの邸宅チェルシー・マナーに保管されていたようである。
イギリスで内戦が起こりハミルトンが1649年3月9日に処刑されると、彼の所有物の一部はオランダに売却されたものがあったという。
ボヘミアの芸術家ヴァーツラフ・ホラーは、《サルバトール・ムンディ》とそっくりな作品を1650年に制作しているが、当時彼はアントワープに滞在しており、このときレオナルドの作品を手本にして作品を制作したかもしれない。
また、本作品は1649年にヘンリエッタ・マリアが所有していた記録があり、同年に夫のチャールズ1世が処刑されている。
フランスから嫁いできたアンリ4世の娘のヘンリエッタ・マリアの寝室にかけられていたという。おそらくコレクターだった彼女がフランスからイギリスへ持ち込んだのだろうといわれている。
なお、《サルバトール・ムンディ》はイギリス王室コレクションの目録に記載されており、チャールズの所有物として評価額30ポンドでイギリス連邦のもと売り出されている。
その後、どこかで1651年に債権者に売却され、1660年にイギリスで王政復古が起こりチャールズ2世のもとに帰ってきたあとの1666年に、ホワイトホール宮殿のチャールズの所持品目録に本作品は記載されている。
ジェームズ2世が作品を引き継ぎ、その後、ジェームズ2世の愛人キャサリン・セドリーとのあいだに生まれた非嫡出子で、のちにバッキンガム公爵のジョン・シェフィールドの3番目の妻となった娘が所持していた。
その後、バッキンガム公爵の非嫡出の息子チャールズ・ハーバート・シェフィールド卿が、1763年にこの絵をオークションにかけて売却している。
その後は所有者がわからなくなり、1900年にイギリスの商人でコレクターの初代フランシーズ・クック・モンセラッテ子爵が、チャールズ・ロビンソンという貴族からダ・ヴィンチの弟子ベルナルディノ・ルイニによる作品として、本作品を購入したことで再発見される。
当時の作品状態は土台のクルミ板がゆがんで傷んだ絵の髪と顔の部分には、修復を試みた重ね塗りがされていたという。
クックの子孫が1958年にサザビーズのオークションで45ポンドで売却する。クックの孫はレオナルドの弟子ジョヴァンニ・アントーニオ・ボルトラッフィオの作品として売り出している。
再発見と復元
2005年に《サルバトール・ムンディ》は古典巨匠の専門家のアレクサンダー・パリッシュやロバート・シモンを含むアート・ディーラーたちの組合によって10,000ドル以下でオークションで購入された。
購入先はニューオーリンズにあるオークションハウスのチャールズ・ギャラリーで、バトンルージュの実業家バジル・クロービス・ヘンドリー・シニア財産の一部として競売にかけられていたという。かなり重ね塗りされておりコピー作品のように見えたので、復元前の状態は「大破しており、暗く、非常に暗い」とカタログに記述されている。
作品を購入した組合は、過剰な塗り重ねのせいで低品質で乱雑になっているが、実際には長い間、行方不明になっていたダ・ヴィンチのオリジナル作品であるかもしれないという可能性を信じた。
組合はニューヨーク大学のダイアン・ドワイヤー・モデスティーニに修復作業の監督を依頼する。
彼女はアセトンで重ね塗りを除去する作業からはじめた。そして、ある時点で、キリストの顔の近くに段差のあるデコボコがあり、それが鋭利なもので削り取られて、ゲッソ、塗料、糊を混ぜ合わせたメディウムで平面化されていることに気づいた。
ロバート・シモンが撮影した赤外線写真を使い、モデスティーニはペンティメント(重ね塗りされたり、修正されたりして見えなくなった元の画像が透けて見えるようになること)がある箇所、祝福の手の親指は当初、曲がっているのではなくもう少し直線的だったことを発見した。
ダイアンはパネル専門家のモニカ・グリースバッハに、虫に食われて穴が空いてしまっている木のパネルを削り取り、絵画を7にいったん分割する指示を出し、その後、グリーズバックは接着剤と木の細片で絵を組み立て直した。
2006年後半、ダイアンは修復作業に没頭していたが、美術史家のマーティン・ケンプはその修復作業に対して「絵画のもともとの状態の「両方の親指」はダイアンが描いたものよりも優れている」と批判的だった。しかし、その後作品はレオナルドの真作であると再評価された。
修復作業を行うダイアン・ドワイヤー・モディスティーニ。
展示とオークションでの競売
2008年にロンドンのナショナル・ギャラリーに持ち込まれ、2011年11月から2012年2月までロンドンのナショナル・ギャラリーの企画展『レオナルド・ダ・ヴィンチ「ミラノ裁判所の画家」』で展示公開された。
2012年にダラス美術館からもダ・ヴィンチの真作であると承認を受ける。
その後、2013年5月にスイスの画商イヴ・ブヴィエが7500万ドルでニューヨーク・サザビーズのブローカーからプライベート取引で購入する。その後、ロシアのコレクターであるドミトリー・リボロフレフが1億2750万ドルで本作品をスイスの画商イヴ・ブヴィエから購入した。
なお、この一連の販売、プヴィエとリボロレフ間の販売、またサザビーズとプヴィエとのプライベート取引はさまざまな法的な論争を引き起こしている。2018年にリボロレフはオークションハウスがプヴィエの詐欺行為に加担したとしてサザビーズを3億8000万ドルで訴えている。
本作品は2017年に香港、ロンドン、サンフランシスコ、ニューヨークで展示されたあと、2017年11月にニューヨークのクリスティーズで競売にかけられ、オークション史上最高価格の4億5000万ドルで落札され、2013年時の価格より250%も上昇した。
サウジアラビア王室とアラブ首長国連邦の所有
購入者はサウジアラビア王室の文化大臣バッダー・ビン・ファルハン・アル・サウド王子である。2017年12月の『ウォール・ストリート・ジャーナル』によれば、真の購入者はカショギ氏殺害事件の黒幕のムハンマド・ビン・サルマーンで、バッダー王子は代理人として購入したとみなされている。
しかし、表向きではクリスティーズはバッダー王子はアブダビ文化観光省の代理として購入したと確認しており、その後、2017年12月9日にアブダビ文化観光局は、レオナルド・ダビンチの傑作《サルバトール・ムンディ(救世主)》を獲得したと発表している。
この件以来、バッダー王子は親しい同盟国アラブ首長国連邦とカショギ氏殺害事件の黒幕であるサウジアラビア王子ムハンマド・ビン・サルマーンの代役入札者だと見られるようになった。
本作品はその後、2017年12月にルーブル・アブダビで展示する予定であることをアブダビの役人が発表したが、その後、2018年9月に突然に展示の無期限キャンセルが発表された。
現在、絵画がどこに所蔵されているかは不明で物理的安全性が懸念されている。なお、『The Art Newspaper』のジャーナリストであるジョージア・アダムスイスのジュネーブの倉庫に保管されていると推測している。
2019年6月10、サウジアラビア皇太子の大型ヨットにあるとの寄稿が、美術品市場ニュースサイト「アートネットニュース」に掲載された。裏付けはないがロンドンを拠点とする画商、ケニー・シャクター氏は寄稿で、同作はサウジで強い権力を持つムハンマド・ビン・サルマン皇太子のヨットにあると主張している。
真作特定のためのエビデンス
総評
修復作業の1年後に、ダイアン・ドワイヤー・モデスティーニはキリストの唇の色味は完璧であり、ほかのアーティストでは出せない描き方であると言及した。比較のためにモナリザを研究したところ、彼女は「彼女を描いた人物はサルバトール・ムンディを描いた人物と同じである」と結論をくだした。
2006年にナショナル・ギャラリーのディレクターのニコラス・ペニーは、ペニーと同僚の何人かはこの作品はレオナルド・ダ・ヴィンチのオリジナルであると見なしていたが「同僚の中にはワークショップで弟子たちが手を入れているかもしれない」と話した。
ペニーは2008年に《サルバトール・ムンディ》と《岩窟の聖母》の並行研究をはじめ、2011年、ペニーが進行役を務めたコンセンサス決議で、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品であることを確認した。
2011年7月までに、所有者の宣伝担当者とナショナル・ギャラリーが個々にプレスリリースをを発行し、正式にレオナルド・ダ・ヴィンチ作品の「新しい発見」を世間に発表した。
修復後、《サルバトール・ムンディ》を基盤にした20位上ある模倣作品と比較して、やはりオリジナルが優れていることが判明しはじめた。絵画内のさまざまな特徴はダ・ヴィンチ作品であることを証明するエビデンスとなっている。
いくつかあるエビデンスの中でも、ダ・ヴィンチ作品であることを示す最も顕著なものは親指の位置である。また、顔のスフマート効果(深み、ボリュームや形状の認識を造り出すため、色彩の透明な層を上塗りする絵画の技法)は、ダ・ヴィンチの代表的な技法である。
巻き毛の描き方やローブを十字に横切るストールに描かれた模様もダ・ヴィンチのスタイルの示すものだと見られている。
さらに、作品に使われている顔料とクルミのパネルもはほかのダ・ヴィンチの作品と一致している。
さらにいえば、手の描き方が非常に緻密であり手の描き方はダ・ヴィンチの特徴であることが知られている。本物そっくりに身体を描写するため、彼は死んだ人の手足を解剖して研究もしていた。
作品鑑定を手伝った世界有数のレオナルド・ダ・ヴィンチ専門家のマーティン・ケンプは、最初に修復された絵を見てすぐにダ・ヴィンチの作品であることがわかったという。
球体の描き方
ダ・ヴィンチの伝記作家ウォルター・アイザックソン(スティーブ・ジョブズの伝記作家としても知られている)は、キリストが持っている球体は本来の水晶玉やガラス玉の描き方ではないと指摘している。
一見すると、キリストが手に持っている水晶玉は科学的な緻密さに描かれているように見えるが、透明な水晶を見ているときに発生する歪みが全く正確ではない。立体的なガラス玉や水晶玉は通常、拡大、反転、反転した画像を映し出すようになっている。ダ・銀地は通過する光を屈折させたり歪ませたりさせない「空洞のガラス泡」のように描いている。
ダ・ヴィンチがあえて現実的に水晶玉を描いていない意図があったのは、彼の技術力から考えると明らかである。アイザックソンはキリストの奇跡と水晶の奇跡をかけあわせたかったのではないかと見ている。
ケンプはまた水晶を持っている手のひらの輪郭が2倍になっていると指摘している。修復家はこれについて、方解石(または水晶玉)で発生する反射を正確な反映したペンチメントであると話している。
さらに、ケンプは球体の内部で見られる一連の内部包含物(空気ポケット)の輝きに関して、球体の固体の性質をよく表現したエビデンスであると指摘している。
ケンプは複屈折は透明方解石球で生成される典型的なタイプであると指摘している。この結晶玉の複屈折現象に関して、ダ・ヴィンチ作品の模倣者たちは誰も気づいておらず、複屈折をともなう結晶玉を模倣できなものはいなかった。
《サルバトール・ムンディ》のほかのバージョンや模倣者たちは、真鍮、宝珠、地球儀、地球儀のクルーザーをよく描いているが、それらの中には半透明ガラス素材のように球体が描かれていたり、球体の中に風景を描かれている。
しかし、ダ・ヴィンチの描いたものは水晶独自の特徴をよく描いている。インパスト形式の暗いタッチで出が枯れた1つ1つの光輝く小さな空隙は、まるで泡のようだが丸くはなく、非常に緻密に描かれている。これらが水晶の特徴なのである。
実際に、ダ・ヴィンチは水晶の専門家だった。彼はイザベラ・デステが購入しようとしていた花瓶の鑑定を依頼され、彼女からレオナルドの鉱物の特徴に関する知識に大きな称賛を受けた。なお、イザベラ・デステはダ・ヴィンチの《モナ・リザ》のモデルの候補の1人として挙げられている女性で、ダ・ヴィンチは彼女のドローイングも描いている。
図像的に、水晶玉は天と関係している。天動説において、宇宙の中心に球状の地球があり周囲に固定されて天体の結晶球(エーテルで構成されている)があると考えられていた。そのため、サルバトール・ムンディとは、ケンプによれば「真の宇宙の救世主」であり、これはダ・ヴィンチ様式で表現されたものであるという。
被写界深度
ダ・ヴィンチの絵画のもうひとつの側面は、ケンプによれば、被写界深度、シャローフォーカスにあるという。祝福をあげているキリストの手ははっきり焦点があっているが、顔は(ある程度の損傷を受けて変化しているにせよ)、ソフト・フォーカスで描かれており、ややぼやけている。
ダ・ヴィンチは、手記(1508−1509年)で視覚理論、眼球光学、影、光、色に関する理論を探求している。この手記は、世紀の変わり目ころに書かれたものでこの焦点問題の調査をしていたころと絵が描かれた時期と重なっている。
そのためか、《サルバトール・ムンディ》においてダ・ヴィンチは、意図的に他の部分よりも手の部分を強調して描いており、前景は焦点があってはっきり見えるが、顔やほかの後景部は焦点があっていない。
オリジナルではなく協働作品の疑い
ダ・ヴィンチの作品であることの完全証明を疑うルネサンス芸術の専門家たちもいる。パリを拠点とする美術史家のジャック・フランクは、モナリザの枠を何度も外して直に研究してきたダ・ヴィンチの専門家は次のように述べている。
「構図はダ・ヴィンチのものではない。彼はねじれた動きを好んだ。この作品は良くいってもレオナルドとスタジオの作品であり、また非常に損傷している。「男性版モナリザ」と呼ばれているが、とんでもない」。
「ArtWatch UK」のディレクターのマイケル・デイリーは、《サルバトール・ムンディ》の信憑性を疑っており、ダ・ヴィンチが描いた主題のプロトタイプ作品かもしれないという理論を立て、次のように述べた。
「ダ・ヴィンチの自筆プロトタイプの探求は無意味か無駄のようにおもえる。そればかりでなく、ロイヤル・コレクションが所有しているダ・ヴィンチによる2枚の衣服の習作はこの系統と関わりのあるかもしれない唯一の物的資料だが、ダ・ヴィンチに関する文献で、このような絵画プロジェクトに関わったことのある芸術家の文書記録はない」。
パリでは2019年10月から2020年2月にかけてルーブル美術館で開催予定の「没後500年レオナルド・ダ・ヴィンチ展覧会」での《サルバトール・ムンディ》の展示予定に関しては明らかになっていない。
昨年展示予定だったルーブル・アブダビでの展示が予想外に中止されたこともあり、秋のパリへの貸出も行われないと推測されている。ルーブル美術館の学芸員の多くも、本作品について疑っているという。
そのため、現在ダ・ヴィンチよる完全なオリジナル作品に対する疑問も起こりはじめている。もし、完全な真作ではなかった場合、値は150万ドル以上下がるだろうといわれている。
帰属の明確な否定
イギリスの美術史家チャールズ・ホープは、2020年1月に行われた絵画の質と出所に関する調査で、レオナルド作であることを完全に否定した。ホープは、レオナルドは目が水平ではなく、水晶でドレープが歪んでいない作品を描いたのではないかと疑っている。
また「絵の損傷が激しく、顔はモナ・リザを彷彿させるよう修復されている」と付け加えた。ホープは、ナショナル・ギャラリーがサイモンの「ずるい」マーケティング・キャンペーンに加担していることを非難している。
2020年8月、ジャック・フランクは、以前、絵について「せいぜいレオナルドが少し手を入れただけの工房作品」と話したが、レオナルドが描いていない証拠として、「幼稚な発想の左手」「妙に長くて細い鼻」「簡略化された口」「影の多い首」を挙げている。
2020年11月、イタリア新たに発見されたキリストのドローイング画がレオナルドのものと鑑定された。レオナルドの学者であるアナリサ・ディ・マリア氏によれば、「これこそがサルヴァトール・ムンディの真の姿である。レオナルドのドローイングのすべてを彷彿させる」と話し、また、彼の自画像と同じく斜めの表情と類似していることを指摘し、「レオナルドは、このような正面図を描くことはなかった」と話している。
真の作者は弟子のボルトラッフィオ
《サルバトール・ムンディ》はもともと2011年までレオナルドの弟子のジョヴァンニ・アントーニオ・ボルトラッフィオ作と見なされており、一部の学者たちもボルトラッフィオ作と信じていた。しかし、2017年頃に、美術界のコンセンサスはなぜかレオナルド・ダ・ヴィンチの作品となった。
また、美術史家のマシュー・ランドラスは、レオナルドはせいぜい作品の5~20%程度しか手を入れておらず、全体としてはベルナルディーノ・ルイーニのような弟子たちが調整していると主張している。
しかし、メトロポリタン美術館のカルメン・バンバックは、この作品の大部分はボルトラッフィオが描いたもので、そこにレオナルドが少し修正を加えたと主張し続けている。
2019年10月24日から2020年2月24日まで開催されたルーヴル美術館のレオナルド回顧展に本作品は含まれておらず、ルーブル美術館もレオナルド作であることに否定的である。
反応
再発見されたダ・ヴィンチの絵画は、オークションにかけられる前に香港、ロンドン、サンフランシスコ、ニューヨークで展示され、一般の人々から大きな注目を集めた。
クリスティーズによれば、オークションを開催する前に2万7000人以上の人々が本作品を鑑賞したという。クリスティーズが美術作品を宣伝するために外部の会社を利用したことはこれまでなかった。競売前の週末にニューヨークで開催されたプレビューでは約4500人の人が作品を鑑賞するために列を作った。
「最後のダ・ヴィンチ」と呼ばれる《サルバトール・ムンディ》は唯一の個人蔵作品としても知られている作品だった。《モナ・リザ》や《最後の晩餐》などほかの約20の作品は世界中の美術館がすでに所蔵している。
北米で唯一のダ・ヴィンチの作品はワシントンDCのナショナル・ギャラリーが所蔵している《ジネーヴラ・デ・ベンチの肖像》で、1967年にリヒテンシュタイン公家から、当時世界最高取引額の500万ドル(2017年に換算すると約3640万ドル)で購入した。
模倣作品
他のバージョン
■参考文献
・Salvator Mundi (Leonardo) - Wikipedia、2019年6月3日アクセス
・https://www.theguardian.com/artanddesign/2019/may/26/the-lost-leonardo-louvre-show-ditches-salvator-mundi-over-authenticity-doubts、2019年6月9日アクセス
・https://www.jiji.com/jc/article?k=20190613038730a&g=afp、2019年6月15日アクセス