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【美術解説】幻想絵画「シュルレアリスティックな写実主義」

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幻想絵画 / Fantastic art

シュルレアリスティックな写実主義


概要


シュルレアリスティックな写実主義


幻想絵画(幻想芸術)は、その名前の通り、幻想的なモチーフが描かれた芸術である。「幻想」は英語では「ファンタスティック」と呼び、1950年代にウィーン幻想派(ファンタスティック・リアリズム)という芸術ムーブメントが発生したのをきっかけに、世界的に「幻想絵画」が広まるようになる。

 

1960年から61年にかけて、クロード・ロワ、マルセル・ブリヨン、ルネ・ド・ソリエは同じく『幻想美術』という著書を出版し、幻想文学もまた広く読まれた。

 

1971年にツヴェタン・トドロフは「ファンタスティックとは、自然の法則しか知らないものが、超自然的様相をもった出来事に直面して感じるためらいのことである」(『幻想文学序説』)と幻想文学上で定義しているが、同じ「ファンタスティック」という言葉が使われている以上、美術、絵画にもほぼ通用する定義である。

 

要するに、私たちがふだん慣れ親しんでいるような現実世界のただなかに、超自然的なもの、異常なもの、説明のつかないものが侵入してくるとき、私たちは「ファンタスティック」を体験するのだという意味である。

 

 

巖谷國士によれば「幻想絵画」の定義はこれで完了している。シュルレアリスムとほぼ同じだが、幻想絵画はマッソンやミロのようなオートマティスム系の抽象画ではなく暗い陰鬱な写実的な具象画であることが違いだろう。それが「ファンタスティック・リアリズム(ウィーン幻想派)」であり、「幻想絵画(ファンタスティック・アート)」である。

 

ウィーン幻想派


ウィーン幻想派は、第二次大戦直後のオーストリアの首都ウィーンに出現した、奇妙な幻想絵画を描く画家たちである。ウィーン美術学校のギュータースロー教授のもとに集まった5人の若い画家たち、ルドルフ・ハウズナー、ヴォルフガング・フッター、アリク・ブラウアー、アントン・レームデン、エルンスト・フックスがウィーン幻想派の代表的な作家として知られている。

 

彼らはお互いに主題も技法も問題意識も大きく異なっていながら、

  • 細密描写と鮮烈な色彩によって具象的なイメージを描いている点
  • 幼少期の記憶や過酷な戦争体験などの個人的なトラウマを自己の芸術の下敷きとしている点
  • 社会と人間存在の暗黒を戯画的に描こうとする点

などにおいて共通項を持っていた。

 

それらは、ウィーン分離派シュルレリスムの正当な後継者であり、また長い西欧美術の中連綿と受け継がれてきた具象絵画の系譜の末裔であり、同時期にアメリカ中心に発展して抽象・コンセプチュアルが中心の現代美術とは明らかに異なるものだった。

 

日本では1971年に小田急百貨店にて日本人作家61名による「現代の幻想絵画展ー不安と恐怖のイメージを探る」が開催され、広い意味で日本における幻想絵画を探索してみようと企画された。

 

同年、東京小田急百貨店で「ウィーン幻想絵画展」が開催され、ルドルフ・ハウズナー、エルンスト・フックス、アントン・レームデン、ヴォルフガング・フッター、エーリッヒ・ブラウァの作品100点が紹介されている。

 

また、1993年に滋賀県立近代美術館で「ウィーン幻想派展」が開催されている。上記の「ウィーン幻想絵画展」から約20年ぶりの総合的な展覧会である。その後、ウィーン幻想派の総合的な展覧会は日本で開催されていない。

 

日本の戦後美術史を把握する『美術手帖』1978年7月号増刊「特集:日本の現代美術三年」は、戦後美術を概観するには信頼できる資料であったが、残念ながら「ウィーン幻想絵画展」は掲載されておらず、現在も「幻想絵画」と呼ばれる作家とは距離を置いているように思われる。

「ウィーン幻想絵画展」1972年図録
「ウィーン幻想絵画展」1972年図録

日本の曖昧な「幻想絵画」


 日本で現在使われている「幻想絵画」「幻想芸術」にはこのような定義がなく、また美術史的文脈においても「もの派」や「実験工房」のような明確な「幻想」を主張した芸術集団、定義した学者は存在せず曖昧な状態になっている。

 

西洋の言葉の「ファンタジー(根拠のないはっきりしない思いつき、奇想)」、「イリュージョン(実在しないものを実在するかのように感じること、幻影、錯覚)」、「ヴィジョン(見えなものを見ること、幻視)」、シュルレアリスム、女性ポートレイト、エロティック・アート、その他もろもろの言葉であらわされ区別されている言葉をひとまとめに「幻想」と称している

 

 

 

青木画廊と瀧口修造


現在このような背景を持つ日本の幻想絵画であるが、日本で幻想絵画という言葉が使われるようになったと思われるルーツはいくつか存在する。

 

最も有力なルーツの1つは青木画廊と瀧口修造である。青木画廊が1965年に開催した瀧口修造によるキュレーションで、エーリッヒ・ブラウナー、ヴィクトル・ブローネル、フンデルトウァッサー、ゾンネンシュターン、フェリックス・ラビス、E・バイなど、傍流シュルレアリスムとウィーン幻想派(ファンタスティック・リアリズム)が入り乱れた展覧会「夜想」を開催する。

 

このときの展覧会全体の印象が日本における「幻想絵画」の源流の1つとなっている。その後、青木画廊はウィーン幻想派の画家を日本に積極的に紹介するようになる。1965年から1966年にかけてウィーン幻想派の創設者で代表的な画家だったエルンスト・フックスの個展『一角獣の変身』を開催する。

 

このとき、すで本家ヨーロッパのシュルレアリスム作家と親交が深く、また日本の美術評論に強い影響力を持ち、青木と親交の深く、1958年に『幻想画家論』というタイトルの書籍を出していた瀧口修造は、ウィーン幻想派を紹介すると同時に松澤有や野地正紀などの国内の作家を紹介する。なお、『幻想画家論』で紹介されている画家は戦前の前衛美術が中心で、ウィーン幻想派の紹介ではない。

 

青木画廊の創業者・青木外司と瀧口修造は富山の同郷だった。そのつきあいは、青木外司の東京画廊時代までさかのぼる。青木は東京画廊時代に、瀧口修造と協力して、斎藤義重、浜口陽三、フンデルトヴァッサーなどの展覧会を企画している。

 

また、1961年に開廊した青木画廊は最初期は、池田龍雄、中村宏、山下菊二など戦前のヨーロッパの前衛芸術に影響を受けた戦後日本の若手の前衛芸術家を紹介していた。

 

 

ちなみに、幻想文学や幻想美術を紹介していたペヨトル工房の雑誌『夜想』というタイトルの由来は、今野裕一によればこの展覧会名を由来としている。

澁澤龍彦の「幻想絵画」


もう一つの「幻想絵画」のルーツとなるのが澁澤龍彦である。1967年に澁澤龍彦が出した『幻想の画廊から』という美術書は世間に対して影響を与え、その後「幻想絵画」という言葉が日本で拡散しはじめた。

 

このとき、澁澤が紹介して「幻想絵画」は前半はシュルレアリスムの画家たちで占められていた。

 

紹介されたシュルレアリスム作家は、スワンベルク、ハンス・ベルメール、ヴィクトル・ブローネル、ジョゼフ・クレパン、ルイス・ウェイン、ポール・デルヴォー、レオノール・フィニー、バルテュス、イヴ・タンギー、ルネ・マグリット、ゾンネンシュターン、サルバドール・ダリ、マックス・エルンスト、フランシス・ピカビア、エッシャーである。

 

後半はモンス・デシデリオ、アルチンボルド、ホルバイン、ギュスターブ・モローなど近代美術以前のマニエリスムの系譜(後期イタリア美術の様式で高度な技術で非現実的な絵画を描写するようなもの)にある絵画全般を時代に関係なく、好きなものを選んで批評している。なお、ウィーン幻想派の画家は紹介されていなかった

 

シュルレアリスム絵画とマニエリスムの系譜にある絵画を融合した形で、「幻想絵画」という独自の澁澤美術が誕生していた。ウィーン幻想派よりもおそらく澁澤龍彦が扱っていた芸術家たちのほうが一般的に「幻想絵画」として知られている。

 

青木画廊と澁澤龍彦


独自の「幻想絵画」を形成していた澁澤龍彦が、1966年の横尾龍彦の個展パンフレットに関わるようになって以来、青木画廊と関わるようになる

 

これまでウィーン幻想派と瀧口が紹介する画家を中心に紹介していた青木画廊にとって大きな契機となったのは澁澤龍彦の参加だった。

 

 

以降、青木画廊は、瀧口修造とともに澁澤龍彦という時代のアジテーターを得て、四谷シモン、川井昭一、横尾龍彦などの個展を次々とおこない、1960〜1970年代に日本の幻想芸術、具象シュルレアリスム、耽美的な作家を扱う画廊として認知されるようになった。(続く)


■参考文献

https://ja.wikipedia.org/wiki/幻想絵画

・『一角獣の変身 青木画廊クロニクル1961-2016』青木画廊編

・『現代パリの幻想画家たち』図録



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