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【前衛運動】抽象表現主義「アメリカ発の前衛芸術が登場」

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抽象表現主義 / Abstract expressionism

アメリカ前衛美術の始まり


ジャクソン・ポロック「インディアンレッドの地の壁画」1950年 
ジャクソン・ポロック「インディアンレッドの地の壁画」1950年 

概要


アメリカ発の前衛美術が登場


前衛美術はずっとヨーロッパ発だったが、アメリカ発の最初の前衛美術芸術が、第二次大戦後に登場してきた抽象表現主義だった。


抽象表現主義の画家たちの大半はニューヨークを拠点として活動したため、ニューヨーク派といわれることもある。20世紀前半はパリが美術の中心だが、第二次大戦後パリにとってかわったのがニューヨークで、芸術家はニューヨークに集まってきた。


抽象表現主義の中心となるのは、ジャクソン・ポロック。床に置いた大きなキャンバスに絵具をしたたらせる技法「ドリッピング」によって、作品を作るという行為をそのままキャンバスに表現する「アクション・ペインティング」を始めた。

オートマティスムの発展


抽象表現主義の成立にはシュルレアリスムの影響が大きい

 

第二次大戦の危機が迫ると多くのヨーロッパの画家がアメリカに亡命したが、その際、マックス・エルンスト、イブ・タンギー、アンドレ・マッソン、といった有力なシュルレアリストがニューヨーク派の長老格ハンス・ホフマンが設立した美術学校で教鞭をとり、アメリカの若い画家たちに美術教育を行った。

 

シュルレアリスムには、大きくデペインズマン系とオートマティスム系の二派にわかれるが、アメリカでは特にオートマティスムの理論と実践がジャクソン・ポロックをはじめとする若い画家たちに多大な影響を与えた。

 

特にアンドレ・マッソンが重要である。マッソンが「魚の戦い」で試みた純粋な身振りで描かれたオートマティスムは、そのままジャクソン・ポロックのアクションペインティングに受け継がれたといってよい。なお、コラージュなどデペインズマン系は、ネオ・ダダやポップ・アートの方に流れていった。

 

<関連記事>

アンドレ・マッソン「魚の戦い」

内面を抽象的に表現


アクション・ペインティングのもう1人の有名な画家として、ヴィレム・デ・クーニングが挙げられる。激しい筆遣いで女性像を半ば抽象化し、これまでの人物描写の伝統を破壊した。


フォーヴィスムやドイツ表現主義の流れを組むこともあり、内的感情を前面に押し出した抽象的な様式のため"抽象表現主義”と呼ばれる。

ヴィレム・デ・クーニング「女」(1950-52年)
ヴィレム・デ・クーニング「女」(1950-52年)

ミニマル・アートの先駆 ロスコ


マーク・ロスコもまた、抽象表現主義の代表的な作家の1人。シュルレアリスムに影響を受けたロスコは、「死」「官能性」「緊張」「アイロニー」「機知と遊び心」「はかなさと偶然性」「希望」という7つの成分を元に、「悲劇」をテーマとした絵画を制作。


地層のように絵具を配置する抽象構成でもって、悲劇的な内面を表現する。このロスコの手法はそのあとのミニマル・アートへ引き継がれていくことになった。

マーク・ロスコ「オレンジの上に緑と赤」(1951年)
マーク・ロスコ「オレンジの上に緑と赤」(1951年)

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