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瀧口修造と澁澤龍彦

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抽象系の瀧口


日本でシュルレアリスムを広く世間に紹介した人物は、瀧口修造澁澤龍彦である。

 

瀧口修造は、戦前からヨーロッパのシュルレアリストと直接交友があり、1930年にはアンドレ・ブルトンの『超現実主義と絵画』を翻訳もしている人物で、特に文学と美術批評においてその名が知られている。

 

瀧口は自身も自動記述系のシュルレアリストであったことから、特にジョアン・ミロなどの自動記述系の芸術家を中心に彼のシュルレアリスム美術論を展開していった。

 

ダリやいろんな作家に共感を覚えてはいるけれども、瀧口の核はミロとマルセル・デュシャンだったとされている。

 

 

具象系の澁澤


澁澤龍彦は瀧口とちがって、ポール・デルヴォーやダリなど、デペイズマン系の芸術家を中心にシュルレアリスム美術論を展開した人物である。

 

同じ平面の上で意外な二項が結びついている状態こそシュルレアリスムだと強く主張していたのが澁澤だった。

 

逆に澁澤は瀧口の自動記述系や抽象系作家がきわめて苦手で、たとえばシュルレアリストでもジョアン・ミロには一言も触れていない。澁澤は見て何なのかすぐわかるいわゆる具象的な絵画しかとりあげなかったのが特徴である。

 

抽象系作家がダメな代わりとして、ピエール・モリニエやマックス・ワルター・スワンベルクのような傍流のシュルレアリストとかそういう方向へ澁澤は走っていったという。

 

今日の日本においてシュルレアリスムの絵画、特に日本においては幻想絵画の延長としてとらられることが多く、これは瀧口修造の自動記述とは異なる澁澤龍彦の方向に進んでいる。

 

また、澁澤のほうが瀧口より著作物が一般大衆に広く読まれるようになったので、その影響も大きいと思われる。

<参考文献>

「シュルレアリスムとは何か」(巌谷國士)


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