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【作品解説】グスタフ・クリムト「ユディト」

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ユディト / Judith and the Head of Holofernes

恍惚状態の表情ではねた首を持つユディト


※1:《ユディト》1901年
※1:《ユディト》1901年

概要


作者 グスタフ・クリムト
制作年 1901年
メディア カンヴァスに油彩
サイズ 84 cm × 42 cm (33 in × 17 in) 
所蔵者 オーストリア・ギャラリー

《ユディト》は1901年にグスタフ・クリムトによって制作された油彩作品。ホロフェルネスの首をはね、手に持つヘブライ人寡婦ユディトの姿を描いたものである。

 

ユディトは旧約聖書外伝「ユディト伝」に登場する女性。ユディトを主題とした絵画は一般的に、彼女の住むユダヤの町べトリアにホロフェルネス将軍が侵攻し、町は陥落状態にあったが、ユディトが敵陣におもむきホロフェルネスの寝首を掻いて持ち帰る物語を描写したものである。

 

クリムトが聖書の「ユディト伝」という主題に取り組もうとしていた時代は、すでに美術史においてユディットの解釈や基本的な表現方法は確立されつつあった。

 

実際に多くの作品で、ユディトを英雄的な扱いにしたエピソードが描かれている。特にユディトの勇気と高潔な性格を表現した絵画が多数描かれていた。

 

ユディトは神の救済の道具として現れるが、彼女の行動は非常に過激である。なかでもカラヴァッジョやアルテミジア・ジェンティレスキ、トロフィーム・ビゴーらの作品において、彼女の行動は劇的に描かれている。

 

ギュスターブ・モローやクリストファーノ・アローリは示唆に富んだ神話的絵画を先取りして描いたが、その一方でクリムトは切断されたホロフェルネスの首を手に持つユディトが恍惚状態になっている瞬間の表情を描こうとした。

 

絵画の構成


※2:フランツ・フォン・シュトゥック《シン》1893年
※2:フランツ・フォン・シュトゥック《シン》1893年

 本作でクリムトは、意図的に聖書の物語への言及を無視し、ユディトの描写だけに集中している。そのため、ホロフェルネスの首は右下隅にちらりと見える程度で、これまでの美術史におけるユディトの絵画とは異なった構成となっている。

 

また、異なる武器を使って殺害したかのように、ユディト絵画ではお約束となる血の付いた武器が描かれていない。これは「サロメ」との関係付けを示唆、または省略化しているように見える。

 

女性と生首を描くとき、首元に剣や武器があれば「ユディト」、皿の上に首が載っていれば「サロメ」というのが西洋絵画の基本的なルールでとなっているが、クリムトが描く男性の生首は曖昧である。 

 

《ユディト》はフランツ・フォン・シュトゥックの作品『シン』との間に奇妙な象徴性や構成的な調和の一致が見られる。顔の位置と同様、キャンバス中央に衣服を脱いだはかない身体構成の誘惑画は、クリムトのファム・ファタール画のモデルとなった。『シン』では肩に蛇が乗っており、身体周囲は暗い色で包まれている。

 

また、《ユディト》絵画の魅力は、直角的に描かれた腕の部分、肩の部分、髪の部分と、身体へのクローズアップによって引き起こされる迫力から生じている。身体の垂直性は、下辺の水平方向の平行性と調和している。

 

ユディトの表情には官能性と倒錯性が混在したものが滲み出しているが、これは極端に平面的に女性を描くことによって、絵画から迫力や誘惑を最大限に引き出すよう工夫されているという。

 

黒髪と背景の明るい金色のコントラストは優雅さや高揚感を高め、またおしゃれな髪型は、側面に広がる木の様式化去れたモチーフにより強調されている。

 

暗緑色で半透明の衣服を乱しているため、鑑賞者にはほぼヌードの身体をさらしてるが、それはユディトがホフォフェルネスの首を切断する前に行う誘惑であることを示唆している。

モデル


顔つきが元のモデルから著しく変容されているにもかかわらず、クリムトの友人(または愛人)であると認識することができる。

 

描かれているのはウィーン社交界のアデーレ・ブロッホ=バウアー夫人である。彼女は1907年に《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I 》、1912年に《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I 》と2回にわたってクリムトによる肖像画が制作されている。ほかに《パラス・アテナ》のモデルも彼女と見なされている。

 

上向きの表情は誇り高く見えるが、彼女の顔色は悩ましくまた官能的であり、反抗と誘惑の葛藤として口が半開きの状態で描かれている。

 

美術批評家のフランツ・A・J・スザボは、ユディトの表情について「攻撃的な男性原理に対するエロティックな女性原理の勝利」の象徴として絶賛している。また半分閉じた彼女の視線は、歓喜の表現であり、絵画の鑑賞者を直視している。

 

1903年に作家で批評家のフェリックス・サルテンは、ユディトの表現について「彼女の暗い視線に宿る息苦しい炎、口のラインから伺える冷酷性、情熱に打ち震える鼻孔」と評している。

 

ユディトは美術史において重大な使命を果たす敬虔な未亡人として解釈され、また描かれてきたが、クリムトが描くユディトは、これまで彼が何度も描いてきたファム・ファタールの範例の1つである。

ユディトⅡ


※3:《ユディトⅡ(サロメ)》1909年
※3:《ユディトⅡ(サロメ)》1909年

1901年バージョンにおけるユディトは、磁力のような魅力と官能性を持ち合わせているが、その後に描かれた《ユディトⅡ》では、それらの要素がすべて放棄され、尖った形状と凶悪な表情のユディトが描かれた。

 

そのせいか、批評家の中には1891年のオスカー・ワイルドの悲劇『サロメ』のキャラクターを描いたものと誤解したものもたくさんいた。

 

実際、クリムトの生前この作品は展示会やカタログにおいて「サロメ」と題され、現在も《ユディトⅡ(サロメ)》と記載される事が多い

 

しかし、実際にはユディトであり、サロメではないことを強調するため、クリムトは弟のゲオルグに「ユディトとホロフェルヌス」というタイトルを彫り込んだ金属フレームを作らせた。



■参考文献

https://en.wikipedia.org/wiki/Judith_and_the_Head_of_Holofernes、2019年1月14日アクセス

 

■画像引用

※1:https://en.wikipedia.org/wiki/Judith_and_the_Head_of_Holofernes、2019年1月14日アクセス

※2:https://en.wikipedia.org/wiki/Judith_and_the_Head_of_Holofernes、2019年1月14日アクセス

※3:https://en.wikipedia.org/wiki/Judith_and_the_Head_of_Holofernes、2019年1月14日アクセス


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