超立方体的人体(磔刑)
ファン・デ・エレーラの「立方体理論」
概要
「超立方体的人体(磔刑)」は、1954年にサルバドール・ダリによって制作された油彩作品です。194.3cm×123.8cmの巨大サイズで、アメリカ、ニューヨークにあるメトロポリタン美術館が現在所蔵しています。
西洋美術史の伝統的な主題であるイエス・キリストの磔を基盤にして、四次元の超立方体「ハイパーキューブ」の展開図やシュルレアリスムなどダリ独自の要素が加えられた作品です。戦後、ダリは科学への関心と伝統絵画の回帰へ向かいましたが、その頃の代表作の1つ。
原子力芸術論に基いて制作
ダリの「磔刑」への関心は、1940年代から1950年代にかけて始まったダリの美術に対する新たな挑戦「原子力芸術論」の文脈で制作された作品です。
この頃のダリは、これまでのシュルレアリスムに対して関心を失い始めていました。その代わりに科学、なかでも原子力がダリを魅了しはじめていました。当時のダリは原子力に対して「原子は思考する際の最も好きな食べものだ」と述べています。
ダリが原子力に関心を持つきっかけになったのは、第2次世界大戦を終結させた広島の原爆投下です。この事件以後、ダリは死ぬまで科学や数学など理系関係に関心を持ち始めます。
1951年に刊行したエッセイ集『神秘主義宣言』でダリは、カトリックと数学と科学とカタルーニャの土着文化ごちゃまぜにした独自の芸術理論「原子力芸術論」を発表します。それは簡単にいえば「古典的な価値観や技術の復興」でした。そうした原子力芸術論を踏まえて制作された作品が本作「磔刑」です。
さらに同年、近代美術業界に対しても原子力芸術論をもとにした霊的な古典絵画運動を呼びかけ、布教活動を開始します。ダリはアメリカを旅し、各地で原子力芸術論の講義を行いました。
「磔刑」が描かれる前から、ダリはキューブというモチーフとともに古典絵画の技術を使って爆発するキリストの肖像を発表する告知をしていたようです。
ファン・デ・エレーラの立方体理論
ダリはただ古典絵画に回帰したわけではありません。ダリは、かつてスペイン国王フェリペ2世に仕えて、エスコリアール宮の大建築を手がけたファン・デ・エレーラの立方体理論に基いてこの絵を制作しています。
「十字架は超立方体であり、キリストの身体は、8つの立方体のひとつと合体しながら、形而上学的には第9の立方体となる。9という数字はキリストの神聖の神学的象徴あからである」『立方体論より』
この立方体理論をダリ風にしたのが本作品です。8つの立方体でできた十字架に磔されているのはキリストでありダリです。その身体には4つの立方体が釘の代わりとなってその位置を保っているようである。そしてキリストの母マリアに扮しているのはガラで、豪華な衣装をまとってキリストを見上げている。つまり、現代科学的な理論です。(続く)