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【完全解説】スワンベルク「澁澤龍彦が最も愛した画家」

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マックス・ワルター・スワンベルク / Max Walter Svanberg

澁澤龍彦が最も愛したシュルレアリスト


概要


生年月日 1912年2月21日
死没月日 1944年5月28日
国籍 スウェーデン
表現媒体 絵画、ドローイング、イラストレーション
ムーブメント シュルレアリスム、イマジニステルナ

マックス・ワルター・スワンベルク(1912年2月21日-1994年5月28日)はスイスの画家、イラストレーター、デザイナー。女性の身体と動植物を融合させたポートレイト作品が特徴。日本では澁澤龍彦が最も愛したシュルレアリストとして紹介されている。

 

スウェーデンのマルメで生まれたスワンベルクは、子供の頃から木細工が好きで、女性像や木彫りのオルゴールを作っていたという。母はアールヌーボー風の刺繍をしていた。1929年に工芸学校の装飾学部で本格的に芸術政策を始める。1931年に美術学校に通う。

 

22歳のときに小児麻痺にかかる。このとき看病に当たったのが後に妻となるグンニである。回復後、1940年に彼女と結婚する。

 

1935年に初個展を開催。1942年に「ミノトール」という芸術集団をC.O.フルテンやアンドレ・オスタリンらと結成。1948年にスウェーデンの芸術集団「イマジ二ステルナ」を設立、この集団の多くは「ミノトール」から流れてきたものだった。しかしスワンベルク自身はすぐに離脱。

 

1950年にリトグラフ作品のアルバムを出版。1953年にアンドレ・ブルトンの招待でパリのシュルレアリスム・グループに参加。そのとき、展覧会は大成功をおさめたものの、カタログの序文が気に入らないというので、パリのシュルレアリストグループと絶縁しようとした。

 

しかし、翌1954年にシュルレアリスム機関誌『メディオム』3号で特集され、それ以後、シュルレアリスムの国際展に参加することになる。 1955年にギャラリー・デ・ルトワール・セリで個展を開催。1958年にはアルチュール・ランボーの詩集『イリュミナシオン』でイラストレーションを担当。1965年に絵画でエイゲン皇太子賞を受賞。

 

1994年5月28日にスウェーデンのリムハムで死去。

 

スワンベルク自身の作品についてこのように語っている。

「私の芸術は、幻覚と現実との、痙攣する美と純潔な渇望との、あの奇妙な混種であるところの女の前にひざまずいた、女を熱愛する男によって作られた、女への賛歌であり。女は虹色の部屋にひとりで住んでいる。その膚は奇妙な衣服、群がった蝶や、事件や匂いや、朝の薔薇の指や、日盛りの透明な太陽や、黄昏の青い恋や、大きな目をした夜の魚などでできている」。

 

スワンベルクのよき理解者である詩人アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグはこのように批評している。

 

「彼の魅力にあふれた女性的創造物の、ともすれば立ち騒ぐ狂乱のエロティシズムには、不潔なものや卑猥なものが何一つ完全にないのだ。彼の劇場は、深夜の月と太陽によって照らされた、磁器の娘たちしか登場しない舞台である」

 

 


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