記憶の固執 / The Persistence of Memory
硬いものと柔らかいものへの両極への執着
概要
硬いものと柔らかいもの
「記憶の固執」は1931年にサルバドール・ダリによって制作された油彩作品。ダリ初期の作品であり、ダリの代表作といわれる。「記憶の固執」は「柔らかい時計」や「溶ける時計」と呼ばれることもある。
初めて展示されたのは1932年。場所はニューヨークのシュルレアリスム専門の画廊ジュリアン・レヴィギャラリー。1934年からニューヨーク近代美術館(MoMA)が匿名の寄贈者から譲り受けて所蔵している。
ダリの哲学には、ダリ自身が何度も主張するように「柔らかいもの」と「硬いもの」という両極への執着がある。ダリによれば「柔らかい時計」は時空の関係の象徴であり、それは「固定化した宇宙秩序の解体に基づいたシュルレアリストの思想を表現したものである」という。
ダリの固定化したもの(硬いもの)の解体(柔らかいもの)という同時表現は、ほかに「宇宙象」や「カタツムリと天使」など、さまざまな作品で現れる。
美術批評家の澁澤龍彦のダリについてこう批評している。
「ダリのなかには、おそらく、形のはっきりした堅固なものに対する知的な執着と、形のさだまらないぐにゃぐにゃしたものに対する無意識の執着との、奇妙なアンビバレンツ(両極性反応)が潜在しているのにちがいない(澁澤龍彦)」
時空の歪み
ダリはアインシュタインの「一般相対性理論」の理論を作品に取り入れていると、多くの批評家に指摘されている。美術史家ドーン・エイズによれば「記憶の固執」は時空のひずみを象徴しており、さまざまな停止した状態の時間(現在の時間、過去の時間)を同時に描いているという。
描かれている3つの時計の時間は異なっている。絵の中の世界は、現在の記憶と過去の記憶が入り乱れる夢の時間の状態となり、無時間であるという。そのため、ダリの自画像である白い生物(大自慰者)は目を閉じて眠っている。
ただ、物理学者のイリヤ・プリゴジンが、実際にダリに問いただしたところ、ダリ自身は相対性理論には影響を受けていないようである。
「記憶の固執」の中で描かれている「溶けている時計」は、ダリによれば、キッチンでガラが食べていた溶けるカマンベールチーズからインスピレーションを得て、描こうと思ったのがきっかけだという。カマンベールチーズについては、次を参照。
性的不能への無意識的表現
中央に配置されている白い謎の生物は、1929年に描かれた『大自慰者』であるが、大自慰者はダリ自身の自画像でもある。この自画像はダリの作品のいたるところに現れる。
「記憶の固執」では、そのゆっくりと溶けていく「カマンベール・チーズ」と「時計」と「大自慰者(ダリ)」を同一視している。また「溶けていく」はダリにとって「衰える」「崩壊する」「柔らかくなる」などネガティブな状態を意味していることが多い。
その一方、ダリにとって「硬いもの」は意識的なもので好意的でポジティブな感情である。ダリが好きな食べ物は固定した形のもので硬いものだという。具体的にはロブスターや貝などの硬い性質をもった甲殻類である。嫌いなものはホウレンソウ草など柔らかいものである。
ダリが柔らかいものが嫌いな理由の1つはその全く無定型な性質が苦手だったといわれるが、ほかにダリが勃起不全だったことへのネガティブな感情がある。ダリの性的不能への執着はほかに『カタルーニャのパン』などで現れる。
柔らかいものと硬いものの狭間で、感情が激しく揺れ動くなか、一番自分にぴったりの食べ物と感じたのが陽光を浴びていく溶けていくカマンベール・チーズだったのだという。
ほかに、ダリにとって「死」を象徴するアリが、時計のそばに置かれている。本来「時計」や「アリ」とは「規則性」があり、ダリの好きな”硬いイメージ”のはずである。それなのに、ダリは本来のイメージと正反対に時計をやわらかく描いたり、死のイメージを被せようとしている。
ポップカルチャーと柔らかい時計
『記憶の固執』は大衆文化のなかによく現れる。TV番組では『シンプソンズ』『フューチュラマ』『ヘイ・アーノルド!』『ドクター・フー』『セサミストリート』で現れる。映画では『ルーニー・テューンズ:バック・イン・アクション』、マンガでは『ファー・サイド』、ゲームでは『MOTHER2 ギーグの逆襲』『クラッシュ・バンディクー2 コルテックスの逆襲!』などで現れる。